昔、生半可に情趣を解する女がいた。男が近くいた。
(女は)歌を詠む人であったので、試してみようと思って
菊の花で色が紫に変わったのを折って、男の元へ贈った。
くれなゐににほふはいづら白雪の 枝もとををに降るかとも見ゆ
(紅に色づいているのはどこでしょう 白雪が枝もたわわに降るかのように見えます)
男が知らないふりをして詠んだ(歌)
くれなゐににほふがうへの白菊は 折りける人の袖をかとも見ゆ
(紅に色づいているのにさらに白い白菊というのは 折った人の袖かとも思われます)
平安時代には、菊の白いのが次第に紫に色が移っていくのを鑑賞した。
・・・と聞いていたので、枚方にいたころ(ひらかたパークは大菊人形でよく知られたところ)、
園芸店が苗や球根の売り出しをしたとき、白菊の苗を買って、
プランターに植えてみた。たしかに花はつぼみも咲いた最初も真っ白だが、
だんだん外からほんのり紫色に染まっていく。
爽やかなその香り、そしてその花の咲く頃の清々しいひんやりした空気と共に
白い菊は真っ白でも、紫に変わっていっても、とても楚々として清冽な感じが美しい。
この話では、女は、白菊がすっかり紫に色づいてしまったのに、
「色づいているのはどこでしょう、真っ白に見えますが?」なんて、謎かけをして、男を試そうとした。
マクベスの魔女顔負けのことを言う女だ。
よく似た話で、昔読んだヨーロッパの童話だが、
気難しい王が出した謎に、大臣の娘が答えるというのがあった。
「着る物は着ず、着る物は着て、乗り物には乗らず、乗り物には乗って、城に来ること」
という謎だったと思う。
挿絵が印象的だった。娘は身の丈の低いロバに乗り、半ば歩きながら、着物は着ず、
魚を採る網を体に巻いて、城に出かけた。城にでかけた娘はこのあと王の難問を
どんどん解いて、気難しい王の心を溶かしていく。
さて、この話の謎では、
色づいているのはどこでしょう、というのは裏の心があり、
(紀貫之が古今集の仮名序にいうように、
平安時代の和歌は人のこころを種として万の言葉になったものなので、
けっして写実主義ではなく、人の気持ちが込められている)
あなたは色好みだと聞いていますが、見かけはそんな風に見えないですね
この花が本当は色づいているのと同じように、本当は色好みなんでしょう?
というような意味だ。
男は紫色の菊を前に女のいう意味を知らないふりをして、うまく女の問いをかわした。
紅に色づいている上の白い菊というのは、あなたのお袖ではないですか?
と。
裏読みすれば、色好みを隠しているのはあなたでしょ?とも
読めないことはないんですけれども。