春の雨

昔、男がいた。

奈良の都は離れて、

この都(平安京)は

まだ一般の人の家が決まっていないときに

西の京に女がいた。

その女は、世間の人よりは優れていた。

その人は、容貌よりも心が優れていたのだった。

一人ではなかったらしい。

それを例の誠実な男が、ちょっと語り合って

帰ってきて、どう思ったのであろうか

時は旧暦三月一日

雨がしょぼしょぼ降るときに

贈った歌

おきもせず寝もせで夜を明かしては 春のものとてながめくらしつ

(起きもしないで寝もしないで夜を明かして、それで今日は

春の景物として長雨をぼんやり眺めながら暮らしました)

アンニュイなフランス映画のような雰囲気で、

時間的には後朝の歌ではないようだけれど、

そういう艶っぽい感じが漂っている。

一晩中愛し合って、今日はけだるい中で、

一日あなたのことを考えてすごしました

というお話。

 

「おきもせず」の歌は

古今集恋歌三の冒頭にある業平の歌で

「やよひのついたちより、しのびに人に物らいひてのちに、

雨のそぼふりけるによみてつかはしける」

という詞書がある。

 

物語のほうでは「西の京」とか「例のまめ男」とか

結構、前から話があったような書きぶりなのだけれど

この話は伊勢物語の第二段になっている。

 伊勢物語  2002年5月18日作成 内田美由紀