同じ男が、女で初めて裳(も)を着た娘へ、釵子(かんざし)を贈って、詠んで贈った。
あまたあらばさしはせずともたまくしげ 開けんをりをり思ひ出にせよ
(たくさんあるならば、挿しはしなくても 美しい櫛箱をあけるような時々には
思い出すよすがにしてください)
〔訳の底本は大島本付載小式部内侍本による〕
好きな娘は、一人前になって成人式をする(ただし、12,3才ぐらいからが普通)。結婚も近いだろう。
どうも求婚者の引く手あまたらしくて、プレゼントも多いらしい。
かんざしなんて、たくさん持っていそうだ。
だから、・・・・・・せめて貴女の美しい櫛箱に入れてくださって、
櫛箱を開けるときには私のことを思い出してください・・・・・・。
初裳は、裳着のことで、かぐや姫の最初の部分にも出てくるように、女性の成人式。
かぐや姫は裳着が済むと、求婚者がたくさん現れた。
ここでは、それと同じような状況なのだろう。ひょっとしたら、婚約者がいるのかもしれない。
男は、若いのか身分が低いのか、どうも相手にされていないようす。
それでも好きなので贈り物を歌と一緒に贈る。
他人事としてみると、とてもじれったいことなのだけれど、
自分が片想いをしていたときのことを考えると
そうとばかりも言えない。
相手のことを一人想っている時間は、それなりに幸せな時間だ。
片想いは、自分の中で完結したひとつの物語かもしれない。
受け取る側には違う物語がある。
だから、悲恋になってしまうのだけれど、
相手がどう思っていようと、片想いの恋愛もそれはそれで甘美な時かもしれない。
2002年1月14日作成、5月10日改訂
伊勢物語