芥川
昔、男がいた。女で手に入れることができなかった人を、数年にわたって
求婚しつづけていたが、何とか盗み出して、とても暗い時に(逃げて)きたのだった。
芥川という川を連れて行ったところ、草の上に降りた露を、
あれはなに?
となあ、男に尋ねたのだった。
行く先は遠く、夜も更けてしまったので、鬼がいる所とも知らずに、
雷までもひどく鳴り、雨もすごく降っていたので、
荒れた蔵に女を奥に押し入れて、男は弓・やなぐい(矢の入れ物)を背負って
戸口にいた。
早く夜も明けてほしいと思いながら座っていると、鬼はもはや一口で(女を)食べてしまった。
「ああ」と言ったが、雷が鳴る騒ぎで聞こえなかった。次第に夜も明けていく時に
見ると、連れて来た女もいない。足をばたばたさせて泣いてもどうしようもない。
しらたまか なにぞと人の問いし時 露と答えて消えなましものを
(真珠ですか、何ですかとあの人が尋ねたとき、
「露です」と答えて露のように消えてしまったら良かったのに)
駆け落ちか、人さらいか、何にせよ
読んだ生徒たちが騒ぐ物語。高校の教科書にはたいてい採用されている。
「鬼が人を食べるの?」と言って驚く子、「勝手にさらわれたら、たまらない」と言って怒り出す子、
「カッコイイ人だったら、さらわれてもいい。ロマンチック!」と陶酔する子ありで、
いろいろさまざま。
しまいめに質問が出た。「この女の人は、さらった男のことを好きだったの?」
・・・考えたことなかったね、うーん。
でも、「白玉かなにか」なんて、さらわれていてもノンキなお姫さまね。
逃避行の最中に、怖いとも何ともなくて、
「きれい、真珠みたい、あれは何?」って、恋人の会話みたいなことを言ってるのは
そんなに嫌いではなかったのではないかしら?
恋人みたいだったからこそ、男はその時に戻って、女と一緒に露と消えてしまいたいの。
と答えておいた。
ちなみにこの段を高校生に教える家庭教の人は
「夜が更けた」の意味を生徒に聞いてみてほしい。
なぜか最近答えられる生徒がいない。世の中が24時間で動いているからだろうか。