昔、男がいた。歌は詠まなかったが、世の中を思い知っていた。
高貴な女が尼になって、世の中を嫌になって、都にもおらず、遥かな山里に住んだ。
元、親族であったので、詠んでおくった、その歌。
そむくとて雲にはのらぬ物なれど 世のうきことぞよそになるてふ
(出家して世にそむくと言っても仙人のように雲には乗らないものですが、
世の中のつらいことがよそ事になるそうですね――うらやましいことです)
と言いおくったのだった。斎宮の宮である。
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「斎宮の宮なり」とする後人注は、古注釈にいたって評判が悪い。
真淵いわく「斎宮二字にていつきのみやとよむ事なるを、また下に宮てふ字あるはいかなる事ぞと思に」
ということで、斎宮そもそもが宮さまなので、確かに、斎宮の下に宮がつくのはおかしい。
殿に住むから殿と呼ばれるので、呼称とは不思議なものだ。
もちろん、斎宮をお住まいととる解釈もあり、斎王と呼ぶこともあるようだが、
京都においては、斎宮と斎院の区別もあって、斎院を斎王と呼ぶのが普通ではないかと思う。
これはもちろん、内親王だけでなく、女王がなったこともあるという経緯からきているのだろうが・・・・・・。
ただ、調べていてびっくりしたのは、
京都賀茂神社に奉仕する斎院のはじまりが、嵯峨天皇の弘仁元年(810)で、
業平の生まれる15年前に過ぎないことだった。これに対して、斎宮の歴史は古い。
神とはなんぞやと考えると、未婚の皇族の女性が神に仕えるというこの制度もなんとなく不思議なものだ。
一体、なんだって嵯峨天皇は斎院など始めたのか。
斎宮のほうは崇神天皇からはじまったということで、もはや伝説に近いが。
高貴な女性が斎宮だったかどうかはともかく、尼になってということは仏に仕えたのだから、
荘子が出典の、神人が雲に乗るのとは確かに違うだろう。
歌の「千の風になって」のように霊魂になるわけでもない、
・・・・・・でも、世の中の喧騒とは別世界にいらっしゃる、
その澄んだ世界がうらやましい、
というところだろうか。