昔、男が、五条あたりにいる女を手に入れることができなくなってしまったと思い悩んでいた
人の返事に、
おもほえず そでにみなと(なみだ)のさわぐかな(らし) もろこし舟のよりしばかりに
(おもいもかけなかったことに袖に港(涙)が騒ぐのだなあ 外国船が寄ったばかりに)
伊勢物語 第二十六段 2011年05月03日 更新 内田美由紀
「五条わたりなりける女」を、五条后順子のところにいた二条后高子として解釈することが多いのだが
元歌は万葉調で「おもほえず(おもほゆ+ず)」で「さわぐらし」だっただろうから、もとはもう少し古い話だろう。
外国船が港に寄ったみたいに、男が立ち寄ったから、
おもいがけないことで女の方は大騒ぎしてるみたいだね、というところか。
ちなみに、広本系の本文のほうがすっきりはしている。
むかし五条わたりなるける女をええすなりにけることゝわらひたりけるひとの返事に
おもほえずそてにみなとそさはくらし もろこしふねのよりしはかりに
(昔五条あたりにいる女を手に入れることができなかったことだねと笑った人の返事に
思いがけず袖に港が騒ぐらしい 唐船が寄ったばかりに)
―本文は阿波国文庫本―
つまり、唐船が寄ったばっかりに思いがけないことで港が大騒ぎしているよ、という状況と、
男が立ち寄ったばっかりに思いがけないことで袖に波が騒いている(実態は大騒ぎしてひどく泣いている)よ、
という状況を掛けているのだろう。
男が外国人かどうかは確定できないが、少なくとも男は唐船に例えられている。業平も確かに渡来系だ。
唐船といえば、平安中期までは大阪は京都や奈良の都の外港だったし、
難波宮などの宮殿や仁徳陵などの巨大墳墓が海からの景観を意識して作られていた。
四方を海で囲まれた日本では、えびす様をはじめとして、船に乗ってやってきた外国渡来の神々を
客人として迎えて祭ってきたが(もとはインドの神様みたいだけれど)、外国人や外国文化といつも円満とは限らなかったし、
そもそも四方を海で囲まれている以上、船で外国人が突然やってくるのは避けられなかった。
そして大騒ぎになる。「蒸気船たった四はいで夜も眠れず」
NHKの「龍馬伝」の黒船のCGはちょっと海岸によりすぎで、座礁しそうだったけれど、
龍馬のカルチャーショックの気分は納得できた。
鎌倉時代の元寇しかり。
平安時代で外国人の到来というと、思い出すのは宇多天皇の「寛平の御遺戒」だ。
外国人でどうしても会わなければならない者には、簾の中にいて会い、直接対峙してはならない、という。
源氏物語で幼い光源氏が帝の命令でこっそり外国人に人相を見てもらう場面があり、
「宇多のみかどの御いましめあれば」と「寛平の御遺戒」のことを引いている。
光源氏は高麗の人相見に不思議な予言をされた。
直接会ってしまったらしい宇多天皇はどう評されたのやら。
ところで定家本では「もろこし’舟’」と軟弱になっているが、外洋をわたってくる船が小舟のわけはない。
はにわに描かれ発掘で出土する準構造船は外洋向けのものだし、時代が下れば遣隋使船も遣唐使船もあった。
絵だと省略されがちだが大型船に人手がたくさん必要なのは、風と海流しか動力のない当時、当然ともいえる。
ある考古学のサイトで見たアニメGIFの画像は秀逸で、元は埴輪に描かれた船の線描画だったが、
いくつもの櫂(オールと言ったほうが通じる?)が一斉に動いて船もスタコラサッサと走り出すというもので
あまりにかわいかったのでコピーして保存したが、あいにくPCを乗り替えていった間に失くしてしまった。残念。
以前、バンコクへ行ったとき、
タイ王族の乗る御座船が、埴輪に描かれた線描画の船とそっくりで仰天した。
今は曳船をするから漕がなくてよいようだが、舷側に漕ぎ手がずらっと並ぶ。
船に立てられている傘までそっくりで、しかも丸い傘の重なった数の意味が説明されてあった。
傘三つは王族、七つは王妃、五つは王女。
世界は広くて狭い。この船の伝来をだれか説明して?
www.visart.co.th の絵葉書 THE ROYAL BARGE SUPHANNAHONG,BANGKOK.
はとてもきれい。まあ、BARGEは「はしけ」だけれど。
伊勢物語 第二十六段 2011年05月03日 更新 内田美由紀